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山声人語 vol.7

▽Amazonでは買えない本がある。その本は絶版や売り切れなんかではなく、東京の西国分寺にある不思議なカフェ「クルミドコーヒー」だけで売っている。カフェから生まれた出版社が手がけたその本の名は『りんどう珈琲』。内容もさることながら、装丁がシンプルでとても美しく、上下セットで箱に納まっている宝物のような本だ。

▽大型登山用品店では買えない登山靴もある。東京の巣鴨に「ゴロー」という小さな靴屋があり、明治大学の山岳部御用達で、あの冒険家・植村直己もゴローの靴を使っていたと聞く。最近では、山登りをこよなく愛する若い女性たちにも人気があるらしい。かくいう僕もこの間、巣鴨まで足を運びゴローの『S‐8』を購入した。

▽ゴローの靴は昔ながらの革製で、職人がひとつひとつ丁寧に作っていて、その人の足に合わせて調整をしてくれる。どのモデルもそれほど軽くはないし、買った後の手入れに時間や手間もかかる。性能だけを見れば、有名メーカーの最新モデルのほうが断然使い勝手がいい。

▽それでもゴローを選んだのには理由がある。無骨な革製のその靴は、ワックスを塗り込み、山で土や泥にまみれるうちに、少しずつ自分の足のカタチになじみ、ひとつひとつの傷が思い出に変わり、革の色も時とともに深みを増してくるという。

▽お気に入りの道具を長く深く愛することは、人生を豊かにする。最近になって、そこはかとなく感じ始めたことだ。それはきっと山道具に限ったことではなく、服も時計も家具や食器でさえ、そうなんだと思う。ひとつのものを長く深く愛せるということは“どこかで、だれかと、深くつながっている”と、確かに感じられるからかもしれない。道具に込められた思いを肌で感じる時、ささやかだけれど、手ごたえのあるシアワセが訪れる。

▽言葉にしたくてもできない思いもある。絵や写真や音楽で表現するのもいいけれど、こうやって道具に代弁してもらうのもありかなと思う。そんなことを考えながら、冒頭で紹介した小説『りんどう珈琲』のお気に入りの一節で、このとりとめのない文章の結びにしたい。

「言葉で表現できないものがあるから、人は生きていける気がします。全部が言葉で表現できたら、わたしたちは生きていく意味みたいなものをそんなに必要としないんじゃないかって思ったんです。でも一方でわたしはもっと自分の考えていることとか、思っていることを言葉を使って表現したいんです。言葉で、言葉にならないものが世界にはたくさんあることを人に伝えたいと思ったんです。矛盾しているように聞こえるけど」(古川誠『りんどう珈琲』第10話)


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