山声人語 vol.11
▽よろこびやかなしみに寄り添うような歌が好きだ。メロディーを聴くだけで青春の1ページがふっとよみがえったり、打ちひしがれた夜にそっと手を差し伸べたりしてくれる歌がある。そんな特別な歌を持っているのは、きっと僕だけではないはずだ。
▽山に登っていると、はじめのうちは漱石の「草枕」の冒頭のように、本当にいろいろなことを考える。そして、ひと通り考え終わってしまうと、次第に頭は空っぽになり、体もうまく山に馴染んでくる。そうやって心身ともにクリアになると、なぜか自然と歌が口からこぼれてしまう。もちろん、基本的には登り続けているから、息も絶え絶えで、ゼーゼー呼吸しながらの歌だけれど。
君のゆく道は 果てしなく遠い
だのになぜ 歯をくいしばり
君はゆくのか そんなにしてまで
(ザ・ブロードサイド・フォー「若者たち」)
▽森山直太朗もカバーした名曲が、きつい時ほど身にしみる。山を登るのは、辛く苦しいことが多いけれど、それ以上のよろこびや驚きが待っているからこそ、あの木のところまで、あの岩のところまでと、もう一歩あと一歩をなんとか踏み出すことができる。
▽そんな一歩を重ねていくうちに、とうとう恋い焦がれた槍ヶ岳の頂上までたどり着いてしまった。山岳会のメンバー3人で行った憧れの山は、天候が心配だったけれど、登りは曇り、頂上は晴れ、最後の歩きは雨と、見事に運が味方してくれた。初秋の上高地は、標高が上がれば上がるほど秋が近づいてきて、赤や黄色に染まりつつある山肌が目に鮮やかだった。まるで自分の歩みと季節の移ろいがリンクしているような感覚が、登山の楽しみを増幅させた。
▽さらに、これまでと違い3人で登っているので、それぞれの登り方や道具のこだわりがあるのを知れたのも大きな発見だった。自分の視点だけでは見えてこなかった山の世界が、次々と広がっていった。パーティーを組んで登る醍醐味を、下山した今でもしみじみと味わうことができる。
▽最後に、口にはしなかったし、歌でもないのだけれど、登山中何度も頭をよぎった詩がある。大切な人に教えてもらった美しくてリズミカルなこの詩を、この槍ヶ岳登頂の記念として載せておきたい。
このあかるさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかねて
琴はしづかに鳴りいだすだらう
(八木重吉「素朴な琴」)
今回の登山では、少しぎこちないけれど、初めてにしてはなかなか息のあった三重奏を鳴らせたと思う。今度は四つの琴で鳴らしてみたい。